彼女は,あるときを境に,まったく笑わなくなった。どんな出来事も,彼女に笑いの表情を与えることはできなかった。だが,脳のある部位に電流を流すことで,彼女は医者の顔を見て,微笑んだ。人は,笑いの刺激,泣きの刺激,快楽の刺激,不快の刺激を持ち,その通りに反応する。つまりは,そういうことだ。
ノースカロライナの麻酔医が,偶然に女性のオルガスムを誘発する脊椎の刺激箇所を発見した。体内に埋め込んだ信号発生器に電極を流すことで,腰痛が緩和されるだけでなく,そのような副作用が発生した。彼は,リモコン操作で動くオルガスムマシンを市場に売り出そうとしている。
人間は,人という生き物を奥深いものと思っている。0と1では割り切れない,プログラムされたことにしか反応しない機械よりも,尊いものであると信じている。だが,その化けの皮がはがれるのは,それほど未来のことではない。人のいかなる表情も,作為的に作り出すことができる。人のいかなる感情も,作為的に作り出すことができる。人は,機械でしかない。命令にそって動く,1個のハードウェアだ。
オルガスムは,言葉にできない感覚。そこに人の身体の奥深さを感じているのは,生物学者や精神科医だけぢゃなく,文学者などの芸術家もそうだ。だが,それとて,「ファイル」メニューから新規ウインドウを作成するような命令系統の結果でしかない。命令を与えれば,その結果は得られる。…ネットワークとシームレスにコネクトしたとき,人が,そこに性欲を求めるのは,現在のアダルトサイトの数から云っても当然のことだ。ウェアラブルデバイスに身を固め,人はネットワークからすべての刺激を受け,絶頂と心底を彷徨う。そして溺れ,ネットワークにたゆたう。神が作りし人が,7日目に麻薬の味をおぼえしように,ネットワーク上で,人は機械として,全能の味にたゆたう。
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